オーストラリア シドニー

1998年8月27日~31日  

またオーストラリアに来てしまった...
 JTBよりブレディースローカップのダイレクトメールが来たので申し込んだのだ。金額はツアー料金¥258,000+1人部屋の追加料金¥39,000で合計¥297,000と一般のツアーより¥100,000も高い勘定になるが、ブレディースローカップは以前より一度見てみたいと思っていたので申し込んだ。高かったせいか参加者は10名。
 最近はメディア王マードックが放映権を買い占めてしまったためNHKのBSでは放映しなくなって、テレビでは見ることが出来なくなってしまった。これはヨーロッパの5カ国対抗も同じだ。以前はBSの5カ国対抗が本当に楽しみで毎週見ていたものだ。
 5カ国対抗はイングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、フランスの5地域が総当りの対抗戦を行うもので計10試合ある。ホーム、アウェイは1年交代。
 南アフリカが国際競技に復活してから南半球3カ国対抗というのが始まっている。トライネーションズとなかなかいいネーミングだと思う。オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカの3カ国がホーム&アウェイで2試合ずつ戦い合計6試合ある。
 ラグビーもプロ化したと言われるのはマードックから出演料が支払われるためだ。
まだ誰々がチームと年いくらで契約したとは聞かない。プロ野球的なプロ契約ではまだないようだ。しかし収入があるというのはいいことだ。5,6年前にニュージーランドにオールブラックスVSブリティッシュライオンズの試合を見に行ったときに、オールブラックスのOBと会食する機会があった。そのときに“協会のアマチュアリズムをどう思うか。”と聞いたら、“オールブラックスのメンバーの中には失業保険を貰いながらラグビーをやっている者もいる。”という返事だった。
 音楽にしろ、映画にしろ、スポーツにしろ、何にしろ大衆を喜ばせる能力があるものはそれなりの報酬を得て当然だ。その収入によりもっと能力を伸ばしてくれれば我々としてはなおうれしい。
 オールブラックス・・・・・ラグビーのニュージーランド代表チームの愛称。
 ブリティッシュライオンズ・ラグビーのイングランド、スコットランド、ウェールズの混合チームの愛称。
 同じツアーの一人がスカイスポーツでは結構ラグビーをやっていると言う。放送は英語だそうだがスポーツは言葉が分からなくても結構楽しめる。
 7月にフィリピンのセブに行ったとき、朝早く目が覚めてしまい眠れなくなってテレビをつけスポーツチャンネルに合わせると、たまたまトライネーションズのオーストラリアVS南アフリカのオーストラリアでの試合を放映していた。24時間営業のカジノには行かずに最後まで試合を見ていた。
 このときワラビーズはミスが多くて(たとえば簡単なペナルティーゴールをはずしたり、パスミスやノッコンをしたり)13-14で敗れた。本来なら勝てた試合だ。殆どミスをしないスプリングボクスを14点に押えたのだからディフェンスはよかった。
 南アフリカで行われた第2戦でもワラビーズはスプリングボクスに15-29で敗れている。これがトライネーションズの最終戦で、結果はスプリングボクス4勝0敗、ワラビーズ2勝2敗、オールブラックス0勝4敗。
 テレビを見ていて気がついたのだが、ワラビーズのウェアーはリーボック、スプリングボクスのウェアーはナイキであった。スポーツメジャーがマイナーなスポーツのラグビーにまで目をつけたようだ。
 ワラビーズ・・・・・オーストラリアの代表チームの愛称。
 スプリングボクス・・南アフリカの代表チームの愛称。
 ブレディースローカップは長年続いているワラビーズとオールブラックスの対抗戦だ。トライネーションズの1試合がブレディースローカップを兼ねているのだ。
 ワラビーズだのオールブラックスだのブレディースローだの愛称や名前がいつ付いたのか分からないが、オーストラリアVSニュージーランドの対抗戦は、年表を見ると、1903年から続いている。戦績はオーストラリアの29勝73敗5分(今年のトライネーションズまで)。
スポーツ観戦
 ブレディースローカップはオールブラックスのドロップゴールの先制で始まった。オールブラックスはNo15クリスチャン・カレン(C.CULLEN)のトライで加点するが、ワラビーズも気合が入っていてアンドリュー・マーテンズ(A.MEHRTENS)のゴールキックをチャージ。この後オールブラックスは1ペナルティーキックを成功させる。
 ワラビーズも簡単な位置で3ペナルティーキックを得るがNo15マシュー・バーク(M.BURKE)がことごとく失敗。これはまずい。このクラスの試合になるとなかなかトライできない。決めるべきところを決めないと負けてしまう。前半はこのままで修了。ワラビーズ0-オールブラックス11。
 後半の前半、ラインアウトのオールブラックスのスローインがノットストレートになり、ワラビーズボールのスクラム。チャンスかと思ったが、スクラムを押されワラビーズペナルティーを取られる。
しかしここからワラビーズ踏ん張って2ペナルティーゴールを得て共にゴール成功。プレースキッカーは5番のキャプテン、ジョン・イールズ(J.EALES)に替わっていた。6-11の1トライ差だ。
 またオールブラックスが1ペナルティーゴールを決めると、ワラビーズも返し9-14と1トライ差のまま。
お互いにペナルティーキックは簡単な位置からではなかった。双方ともディフェンスは非常に良く、右に左に回しても穴は開かずになかなか前に進めない。
 試合終了8分前、ワラビーズ9番ジョージ・グレーガン(G.GREGAN)から15番のバークにパスが通り、バークがタッチラインぎりぎりのところでトライ。14-14。観客総立ち。トライシーンを撮ろうとカメラを構えていたが皆立ってしまったため撮れなかった。バークはこのトライのときに怪我をして退場。難しい位置のゴールをイールズが決め16-14の逆転だ。終了間際ペナルティーゴールを追加して19-14。これが最終スコア。
 前半ミスなどあったが全体には引き締まったいい試合だった。ノッコンも両チームで2つしかなかったように思う。やはり世界最高峰の試合の1つだけのことはある。
オールブラックスの怪童ロムーはあまり目立たず、14番のウィルソンがディフェンスで光っていた。
 前座に女子のオーストラリア対ニュージーランドの試合が行われていた。私たちがスタジアムに着いたときはこの試合の終了5分前。こちらはニュージーランドが27-3で勝った。
 朝新聞で前座に女子のラグビーの試合があると知って、現地旅行社のトーマスクックのガイド平島久美さんに連絡を取って、私の分だけチケットを貰ってタクシーで行こうと思ったが、連絡が取れなかった。
 私たち一行10人の席はゴールポストの後ろ、前から9番目。観客の公式発表は40,501人。
 ガイドの久美さんは私たち客の案内のため席まで来たが、私たちが着席するとすぐに出て行った。しばらくして煙草を吸いに通路へ行くと久美さんと会った。どうしたのと聞くと、外へ出ようとしたら切符切りのおじさんが、
「立って見ているだけならいてもいいよ」
と言ってくれたんですと言う。チケットは皆さんの分だけで私の分は取れなかったんです、と言っていた久美さんは大喜びをしていた。
こういう杓子定規でないところがいいよね。日本でだったらまず無理だよね。
喜色満面のワラビーズサポーター
 ホテルに着くと前のパブが満員で大騒ぎをしている。荷物を置いてから入ってみると、ワラビーズが勝ったから騒いでいるのではなく、ただ単に土曜の夜だから騒いでいるようだった。ギネス1杯で引き上げる。
 せっかくオーストラリアに来たのだからリーグラグビーも見たいと思い、着いた28日に久美さんに調べてもらったが、30日の日曜日にメルボルンで試合があるが、シドニー近辺ではやっていないとのこと。29日にはやっているがブレディースローカップと両方見るのは時間的に厳しいとのことだった。
 30日の朝新聞を見ると、シドニー近辺では競馬とオージーボールがある。久美さんに連絡を取ると、競馬のあるローズヒルは治安が非常に悪く勧められない、オージーボールは昨日のシドニー・フットボール・スタジアムの隣のシドニー・クリケット・スタジアムでやります、と言う。オージーボールに行くことにした。
 久美さんが言うには、オージーボールはシドニーでは人気がないから当日券が買えますよ。行ったらとんでもない。満員の人でチケット売り場には大きくSold Outと書いてある。ダフ屋を探そうと思ったらちゃんと向こうから声を掛けてきた。$17.5($1≒¥85)の席が$100。めちゃくちゃ高かったが、カジノを中断してタクシーで$15かけて来たのだから購入した。
 オージーボールは初めてでルールは全く分からない。ボールは楕円。グラウンドも楕円。長径130m、短径70m位か。1チーム18人のようだ。
ようだ、というのは選手を数えたのだがグラウンドが一部死角になっているためだ。場内整理のおじさんに聞いても I don't know.
 ゴールポストを中心に50mのサークルがある。味方がキックしたボールを敵方50mサークルの中でフェアーキャッチすると、フリーキックでゴールを狙えるようだ。もちろんパスされたボールを蹴ってゴールを狙ってもいい。前にパスしてもいいが距離を稼ぐにはやはりキックだ。パスは両手で下から投げているように見えたがよく見ると違うようだ。片手に乗せたボールをもう片方の手でパンチングしているようだ。
 私の席は$100もしたのにいい席ではない。死角はあるし、スコアボードは真横で見えないから、ゴールしたら何点入るのかも分からない。サポーターの熱気はJリーグのようで、ゴールするたびに大きな旗を上下に振っている。試合時間は30分クオーターの正味2時間。得点機会はサッカーよりずっと多く、この試合は119-107。
観光、買い物
 夜便だったので28日8:00前にシドニーに着いてしまった。ホテルのチェックインは15:00なので半日市内観光が組み込まれている。ボンダイビーチ、ミセス・マックォリーズ・ポイント、オペラハウスを回って免税店のオールダースにも連れて行かれる。各所たっぷりの時間。
 ボンダイビーチは早春の朝ということもあり人影はまばら。散歩、ジョギングの人がちらほら。やはり今朝到着したと思われるアジア人の団体もいる。
 ミセス・マックォリーズ・ポイントはオペラハウスとハーバーブリッジが同時に見られるとあって、観光客が必ず訪れる場所だそうだ。もうかなりの観光客がいる。金属探知機で芝生の中の落し物のコインや指輪を探しているおじさんもいる。
 オペラハウスは遠くから見ると屋根が白く光っているので金属性かと思ったが、そばで見ると白とクリームのタイルで出来ている。中の見学ツアーもあるがそこまでの時間はないのでやめておく。
ミセス・マックォリーズ・ポイントで
 オールダースにオーストラリア産のコーヒーというのがあったので紅茶と共に購入。
 30日オージーボールの後シドニー水族館へ行く。17:00頃水族館を目指して歩いていく。宿となっているザ・グレース・ホテルはたいしたホテルではないがロケーションはよく、中心部にあるクイーン・ヴィクトリア・ビルディングにも近い。水族館にも10分ほどだ。水族館が見えるようになってから地図から道路が消えた。高島屋があったので道を聞きに入ると丁寧に教えてくれた。そして“割引券をお持ちですか。1枚どうぞ。”とくれた。90セントの割引だ。
 水族館は淡水、海水、グレイトバリアリーフとなっている。淡水のところにはカエルまでいる。深緑色のものだ。もう少し色の薄いカエルなら私の家の周りにいくらでもいる。家の中まで入ってくる。なにせ田んぼの真ん中に建っているだから。
 呼び物は鮫だ。看板もSydney AquariumよりSHARKSの字の方がずっと大きい。いまはやりの大きい水槽の中にトンネルがあり魚を右、左、下から眺められる。獰猛そうな顔をした鮫が泳いでいる。長さ3m位か。エイは下から見るとユーモラスな表情をしている
シドニー水族館の目玉 鮫
 29日朝、長女に頼まれていたアボリジニアートのテーブルクロスを探しに行く。まずクイーン・ヴィクトリア・ビルディングへ行くが中の店はまだ開いていない。3階建ての古いビルだが約200軒の店が入っている。有名ブランドのブティックも多い。これは1階に集中している。
 建物の中にからくり時計があって10:00に動き出した。王様の人形や戦争場面の人形など次々に現れてくる。おかしかったのは処刑の場面。処刑される人形、それを押さえつける複数の人形、マサカリを持った人形が出てくる。ゆっくりとマサカリが降りるとそれに合わせて処刑される人形の首が落ちるのだ。店は10:00からオープンと書いてあるが開いているのは2~3軒。
 クイーン・ヴィクトリア・ビルディングの前にヒルトン・ホテルがあって、ロビーにアボリジニの大きな絵が飾ってある。芸術に縁のない私が見ても素晴らしいものだと分かるが、付けてある値段を見てびっくりした。$165,000。
 レセプションにシドニーの英文ガイドがあったので見てみるとJinta Desert Art Galleryというのが出ていた。地図上の印を見ると少し距離がある。タクシーに乗りJintaのページと地図のページ両方を見せる。連れて行かれたのはArt Gallery New South Wales。
違うなと思ったが、運転手はここだと言い張っている。降りて覗いてみるがやはり違う。さっきのタクシーはもういない。そこは繁華街から外れているので次のタクシーを捕まえるまで10分ほど待つ。
 今度の運転手は手持ちのシドニーの地図をよく見ながら、住所を頼りに連れて行ってくれた。が10:30を過ぎているのにまだ開いていない。ドアーには10:00オープンと書いてある。
窓から覗くと50坪くらいの部屋で、笛などもあるが絵が主体のよう。帰ろうと思い周りを見回すとモノレールのレールが見える。レールの下まで行き左を見るとクイーン・ヴィクトリア・ビルディングが見える。その手前の道はヨーク通りだ。何とJintaは私の宿のすぐ裏だったのだ。ガイドブックの地図の印が間違えていたのだ。
 またクイーン・ヴィクトリア・ビルディングへ行き、3階のアボリジニ専門店に入る。テーブルクロスと壁掛けを買う。両方で$100ちょっと。“お父さんにしてはセンスのいい物を買ってきたね。”と娘の評判はよかった。一般の土産物屋にもアボリジニ関連の品はあるがブーメラン、笛が多い。
 モノレールにも乗ってみる。ヒルトンの前のシティーセンターから。1,2分でクイーン・ヴィクトリア・ビルディングの横の駅。その次が水族館前。
 湾を越えてダーリング・ハーバー、チャイナタウンを通って戻ってくる。1週15分位。左回りのみ。$2,5/人。
食事
 ろくなものを食べていない。着くそうそう久美さんが“今シドニーの水道には特殊な大腸菌が発生しています。水は飲まないで下さい。歯磨きも駄目です。ミネラルウォーターを買ってきてください。”と言う。このツアーは高いくせに朝食も付いていない。ミネラルウォーターを買うついでにクロワッサン4個入、ヨーグルト2個、バナナ2本購入。朝食2日分だ。当然部屋に冷蔵庫、ティーバッグ、湯沸しがあるのを確認してから。
 ツアー料金に含まれている初日の昼食はダーリング・ハーバーのJordons Seafood Restaurant。白身魚のムニエルはおいしかったが、蛸は硬く、付け合せの人参、インゲンには筋があった。久美さんは高級な店ですと言っていたが。すぐ前は海で夜になればそれなりの雰囲気にはなるだろう。
 オージーボールの時はレストランもなく、仕方なしにビールの列に並びビール、ナッツを買うが保温機の中になにか入っている。聞くとパイだと言う。1個買って食べるがひどいものだ。大きな今川焼きの中のあんこがカレーに変わったようなもの。カレーに見えるのは色だけで辛くもなく変な味だった。
 Jintaの前に韓国料理、日本料理と看板を出している明洞という店があったので行ってみる。韓国人の経営なので石焼ピビンパップを頼む。いまいちであった。
ソウル明洞の全州屋のピビンパップはおいしかった。あとソウルではカジノのあるシェラトンのカルビ定食(骨付きカルビではなかった)がおいしかった。店の名前は忘れたが1階か地下だったと思う。
 ブレディースロー・カップの時の夕食は、17:50集合だったので17:00にホテルに戻りレストランへ行くがまだ開いていなかった。ロビー横のコーヒーショップにパンと色々な具が置いてあったので、ビーフ、ツナ、チーズと手当たり次第に注文し、サンドウィッチを作ってもらいビールで胃の中に流し込む。
カジノ
 ハーバーカジノのある建物には土産物屋、ファーストフード、中華料理屋がある。初日の夕食には中華料理屋に行き、メニューにあるワンタンメンを頼むと出来ないと言う。焼きそばかチャーハンなら出来ますがと言う。頼んだ焼きそばは揚げた麺にシーフードのあんかけ。シーフードはおいしかったが。
 このようにろくなものを食べていない。どのガイドブックにも出ているブルーエンジェルというシーフードレストランに行きたかったが、1人なのと要予約と出ているので面倒くさくなっている。
 最後の晩、水族館からの帰り道高島屋の2階にある、日本食レストラン鴨川の行灯に灯りがともっていたので入ってみる。“6時開店ですので10分ほどお待ちください。今お茶をお持ちします。”と言う。お茶ならビールのほうがいいと言ってビールを貰う。
鴨川からの日没風景 左端はモノレールの駅
 料理はオージービーフも食べたいし、刺身も食べたいということで、和風ステーキコースと伊勢海老の刺身を頼む。冷酒を1合瓶2本。伊勢海老の刺身は単品ではメニューに出ていなかったが特注で頼んだ。でもこれはおいしかった。ステーキもなかなかのもの。1時間以上かけゆっくり食べた。おなかも一杯になった。
 値段はというとステーキ$65、お酒$26、伊勢海老$130。ギャッ、特注とはいえ高い。サービス料10%が加算されトータル$234。
時間待ちのビールはサービスだったのか、忘れたのか分からないが請求されなかった。
 ハーバーカジノはものすごく大きい。入り口も多くガードマンはいるがチェックなどしない。21歳以上なら誰でも入れる。
横長のフロアーを歩いてみた。290歩、150m以上だ。短いほうも50m以上あるだろう。中にはバーが3箇所、ピザなどの軽食を出すレストランが1箇所。いつもはブラックジャック何台、バカラ何台と数えるのだが多すぎて数える気がしない。
 ブラックジャックの最低賭け金が$5、$10、$15、$25、$50、$100と6種類のテーブルに分かれ、これが12台で1ブロックになっている。スモーキングとノースモーキングのブロックに分かれ、このブロックがあちこちにある。ポーカー、バカラ、ルーレットにもブロックがあり、ブロック単位で入り混じっている。大小も1ブロック形成している。スロットマシーンは広いスペースを確保しているだけでなくブロックの間にも進出している。
 フロアーの端のほうには大きなスクリーンが3つ並んで、競馬、ボクシング、ラグビーなどを放映している。その横にはTABと書かれたカウンターがあって色々な賭けを引き受けているようだ。スクリーンで放映しているのは賭けの対象物らしい。
" この広いところが満員だ。空いている席を探すのが一苦労。ルーレットなどはエクスキューズを連発して、人を掻き分けてチップを置くのだが、置ききれないうちに ""No more bet."" になってしまう。カードのシャッフルは自動カード切り機を使っていた。ウィーンとは違って、1セット終わったら、切り終わったセットを出し機械に入れる。エンドレスではないがすぐに始まる。"
 さて戦果はというと、初日夕食前は元。夕食後ルーレットで$100、大小で$100負けてからブラックジャックに移る。ここではついてきて一時は手持ちが$2,000を超えたがその後落ちてきて$2,000になったところで終わりにする。元手は$400だから$1,600の勝ち。
 翌日は午後でかけるが、昨日勝って気が大きくなったのか、最低賭け金$25のテーブルに座ってしまった。あまりつかず熱くなり、昨日勝った分負けてもいいやという気分になり、どんどん突っ込んでしまった。結果は明白で全部なくなったところでホテルに戻る時間となる。
 前日勝ってもそれを忘れてまた最初からコツコツいかなければならない。そういえば連勝というのは殆どない。勝って帰る旅行はたまたま最後の日に勝っただけのことだ。常に初心を忘れず、良い時2枚、悪い時1枚。
ハーバーカジノの入り口 階上がカジノでカメラ持ち込み禁止
 3日目。もう最終日。鴨川からタクシーで来て20:00少し前から始める。いっぱいの客でうろうろしてからようやく最低賭け金$15の席に座れる。あとから隣に座った女性は私が賭けている所に乗ってきている。1箇所に置けば1箇所に、2箇所に置けば2箇所に。勝てば一緒に喜び、負ければ共に落胆して。
 どこから来たのか聞くから、日本からと答える。日本は経済がすごいでしょと言う。とんでもない不景気だと答える。彼女はベイジアンだと言う。
ベイジアンには悩んだが、確か北京のことをBeijingというから北京人という意味かなと考えた。顔は中国人だ。彼女は考えながら英語をしゃべっていて、私が理解できないでいると、英語が下手だからと言う。下手なのは私の方でしゃべるときはやはり考えながらで、リスニングはなかなか出来ないでいる。なにしろ私の知っている単語だけで相手はしゃべってくれないから。
 いちど7が2枚来て、もう1枚貰うとまた7が来た。スリー7だ。韓国、フィリピンでは賭け金の3倍返してくれる。スロバキアのブラチスラヴァではテーブル全員にシャンパンが出た。このテーブルでは何もなし。ただの21だ。
 7と書いた小さい円の中に$1を置くと、最初に7が出たときに$3、また7が出ると$30、またまた7が出ると$100配当してくれるテーブルもこのカジノにはある。でも私は置かない。余りにも確率と配当の差が大きすぎるから。
 ブラックジャックにはインシュランスがある。文字通り保険だが、ディーラーの1枚目のカードがAの時に掛けることが出来る。次に絵札か10札が来るとブラックジャックになり、客は21でも負けてしまう。
このときインシュランスに賭け金の半分を置いてあれば、賭け金は取られてしまうが、インシュランスの倍を返してくれるので元になる。ブラックジャックでないときはインシュランスの掛け金は取られて通常のゲームに戻る。
 私は基本的にはインシュランスはしない。Aを持っていてもブラックジャックになる確率は4/13で30%程度だから。20、21のように手札がいい時に負けるのはしゃくだから、この時だけインシュランスする。ディーラーがブラックジャックにならなくてインシュランスを取られてしまっても、そのあとのゲームで取り戻せるだろうから。ただ確率と配当のことだけを考えると賭け事は一切出来なくなってしまい、スパイスのない人生みたいになってしまう。
 ゲームの方はついてきたなと思ってグリーンの$25チップを置くと負けてしまう。やはり赤い$5チップ3枚使ってコツコツやるしかない。23:00になって手持ちは$25チップ12枚と$5チップ8枚。いつも日付が変わらないよう努めているが、特に明日は5時起きだ。$25チップ12枚で元だから、$5チップ全部賭けて負けたら帰ろう。すると5,6回続けて勝った。勝ち続けが止まったときには$25チップは32枚になっていた。$800だ。$500の勝ち。
 23:30にタクシーに乗りホテルに戻る。このタクシーの運転手は話好きで、
“どうだった。”
“少し勝った。”
“ビジネスか。”
“いや、ホリデーだ。ブレディースローカップを見に来た。オーストラリアが勝ってよかった。”
“ところで女の子とは遊んだか?”
“いいや。もう年だよ。”
“何歳だ。”
“51。”
“まだ若いじゃないか、金髪のかわいい子がいるけど。”
“No thank you。I need a Viagra。”
運転手は大笑いをしてから、あきらめたらしく話題を変えた。しかしヴァイアグラは発売してから瞬く間に全世界の知ることとなった。すごいことだ。今世紀最後の大発明になるかもしれない。
第14報終わり
今回の日程表

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